小児の心身症-総論

冨田和巳
こども心身医療研究所

心身症とは

心身症という言葉を知らない人はいませんが、あまり正しく理解されていないようです。しばしば神経症(いわゆるノイローゼ)と混同され、「心の病である」と思われています。この「心の病」という捉え方そのものは正しくて、誤っていませんが、少し本質から外れた捉え方になりますし、時には精神病と混同されている場合さえあります。心身症とは特定の病気を言うのでなく、心が大きく関与する病気の群に付けられた名称で、最も重要なことは「基本は体の病気」ということです。
少し難しい言い方になりますが、定義としては「『心身症は身体の病気』だが、その発症や経過に『心理・社会的因子』が大きく影響しているもの」となります。ですから、心理治療が大きな力をもちますが、体の治療が必要なのはいうまでもありません。
最近、よく見かける「心療内科」という科は、心理治療をする内科という意味で、この心身症を専門的に診る医療機関です。しかし、心療内科は「大人」の心身症が専門で、子どものことはそれほど詳しくない所が多いようです。また、「精神科」にすると患者さんに抵抗があるので、心療内科と標榜している所も増加しているので、この医療側の態度も、一般の方々に混乱を引き起こしている面があります。
子どもの心身症は小児科の中で専門外来(名称は心身症外来、心療外来、心理外来、発達外来など種々あります)を開いている所か、児童精神科で診てもらうのが最適でしょう。しかし、専門医療機関が極めて少ないのが問題で、本学会ではそれを普及させていくことも、大きな目的にしております。
なお、子どもでは心身症と神経症の区別がつきにくい例も多いので、共に心が大きく関与した病気と思ってもらってよいのですが、心身症では体の病気が基本にあり、神経症では心が大きく主役になると考えてもらって、それほど誤りではないでしょう。

最大の特徴:感情表現の拙さ

心身症は潰瘍のように身体の明らかな病変(これを器質的と呼びます)があるか、一時的に臓器が充血したような病変(これを機能的と呼びます)があり、身体病変の程度の診断と、その病変を起こさせたストレスを見極め、心身両面への治療を行います。最も特徴的な心身症の患者さんは、自分ではストレスを感じず、元気で悩んでいないと思い込んでいます。これを「失感情症(アレキシシミアalexithymia)―ストレス(感情)の受け止め・表現方法を失っているという意味―」と呼びます。この状態が周囲の人々に「心理的問題はない」という誤解を与えますし、本人は結果的に環境に過剰適応して、本当は「辛い」のですが、その意識がほとんどありません。その結果、その人の内面にうっ積したストレスが、身体臓器を通して表現され、「器官言語」という別名もあります。つまり、心身症の特徴はストレスを感じていないように見え、平静を装っているのですが、実はストレスが強くあって、それを臓器が悲鳴をあげている(しゃべっている)のです。例えば、気管支喘息のヒューヒューという笛声は「母を呼ぶ声」であると解釈できる場合もあるのです(全例がそうだと言う訳ではありません)。
この特徴を理解しておかないと、本人はもとより、周囲の者も患者さんのことを適切に理解できず、身体の治療だけをして、心は忘れ去られます。あるいは、心に医療側が焦点を当てると、違和感をもち、「自分はそのように情けない人間ではない」と怒り出すこともしばしばあります。
このようにストレスを感じず、身体症状ばかり訴え、その上、「精神/心理」という言葉を嫌う世間一般の風潮に、「心身症は心の病」と思っている誤解が加わり、「心身症」はしばしば否定され、適切に診られないのが現状です。心身症であると言われると「精神病と言われた」「情けない/弱い人間と思われた」と誤解される傾向が今も多くあります。

心身症がなぜ増加したのか

心身症が最近になって増加してきたのは、環境因子が大きく関与しています。例えばアレルギー反応によると一般に考えられている気管支喘息やアトピー性皮膚炎の増加は、本来「細菌やウイルスに抵抗する免疫反応(生体の防御機能)が、予防接種や抗菌剤の発達で、役割が軽くなった時代が大きく影響しています。つまり免疫反応が過剰に反応する結果がアレルギー反応なのです。気管支喘息やアトピー性皮膚炎は非常に心身症的側面が強いのは、まさに環境に影響されていることを示しています。
また、動物として与えられた身体にそぐわない過剰な意識や知的なものをもつ人間に、危機感をもたせる警告が心身症であるという抽象的な考えもあれば、科学の進歩によって人間が本来もつ動物的「感覚」が狂わされた結果、出現する面もあります。同じく感覚に注目すると、母親の子どもへの情緒的関わりが拙く、心の基になる「感覚」が乳幼児期に育たず、「知」の勝った養育歴が、思春期に感覚や情緒をもう一度、味わいために退行するのが心身症とも言えます。また、「たくましく」生きる大脳辺縁系が「よく/うまく」生きる大脳皮質から抑制され過ぎた養育歴が、思春期に混乱を起こさせ、自律神経失調を来たし、種々の身体症状を出し、心身症が発症するという見方も成り立ちます。
このように心身症は現代社会が大きく関与する病態で、種々な解釈がそれぞれの例で当てはまります。

子どもの心身症

子どもの心身症で重要なのは、気管支喘息とアトピー性皮膚炎で、一般にはアレルギー疾患に分類されていますが、心身症としてみるのが適切な場合が多くあります。よく自家中毒と呼ばれる周期性嘔吐症も、繰り返している場合には心身症として診た方がよいでしょう。子どもの繰り返す腹痛や頭痛も、心身症として考えた方がよい場合が多く、代表的なものは過敏性腸症候群です。同じ消化器系に分類される摂食障害は、小学高学年から散見され、思春期に増加し、未だに数は多くないのですが、重症になる場合が多いので、初期から専門医に診てもらう病気です。チックや起立性調節障害は日常的によくみる病態で、成長期の問題と診たほうがよい時も多いので、治りにくい場合には心身症として診てもらうようにします。
心身症は0歳児から出現し、年齢が上がるにつれ、種類と患者数が増加していくものが多く、年齢により同じ病名でも病態が異なるものと、ほぼ同じと考えてよいものがあります。乳児期では消化器系疾患(嘔吐・繰り返す腹痛・下痢や便秘)、心因性発熱、脱毛、アトピー性皮膚炎が主な心身症ですが、一般には心身症とは認識されていません。症状が長引いたり、通常の身体的治療に反応しなかったりした場合のみ、少し母親の精神状態や環境へ注意を向けた心身医療的対応が必要です。難治性アトピー性皮膚炎はその代表で、民間療法に頼るよりも心身医療的に診てもらうことが治ることへの早道です。
幼児期には乳児期から引き続く心身症に加えて、周期性嘔吐症(自家中毒)、気管支喘息が出現します。第一反抗期をどのように親が考え対応していくかが、重要な鍵になります。
幼児期から学童期にかけてはチックの好発期で、小学校高学年になると思春期になるので、起立性調節障害が多くなります。中学に入る頃からは摂食障害、過敏性腸症候群、過換気症候群も増加します。思春期は最も心身症をはじめ、心因性疾患が増加する時期になり、適切な指導や治療で治さないと、成人に持ち越し、一生ものになっていく場合が多いので、小児科医や親は、子どもの幸せのためにも、頑張らなければなりません。
わが国の青年期の大きな問題で、今や中年にまで広がる「引きこもり、ニート、フリーター」といった「暦年齢に相応しい社会生活ができない」問題は、思春期の不登校を適切に治療しなかった結果と考えられます。不登校は厳密な意味で心身症といえませんが、神経症から精神病、発達障害も含め、あらゆる病態により出現し、初期に身体症状(不定愁訴)をほぼ100%認めるので、心身医療が必要で、親もそれを認識しなければなりません。
子どもの幸せのために、子どもの心と体を同時に診ていく心身医学の一般化が望まれ、本学会はそれを目指しています。

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