いじめ

1.概要・定義

 震災やコロナ禍のように、社会全体が高不安や高ストレスに晒された状況が長期化すると、社会的弱者である子どもたちへの影響は大きくなります。子どもが身体症状を訴えたり、学校を休みたがるなど普段と異なる行動をとるときには、怠け心や一時の疲労から来ることしばしばあります。しかし、なかには「いじめ」などが背景にあり、「心のSOS」を表出しているかもしれないと、子どもの症状や訴えの背景を考える姿勢が大切です。

 1)いじめの概要

 令和四年度の「児童生徒の問題行動・不登校等児童生徒上の諸問題に関する調査結果」によると、小・中・高等学校及び特別支援学校における「いじめ」の 認知件数は681,948件(前年度615,351件)で、 前年度に比べ66,597件(10.8%)増加しています。これは、児童生徒1,000人当たりの認知件数でいうと53.3件 (前年度47.7件)となります。

このように、いじめの認知件数は増加していますが、それが否定的な意味を直接に表しているわけではありません。文部科学省は、いじめの認知件数の多い学校について、「いじめを初期段階のものも含めて積極的に認知し、その解消に向けた取り組みのスタートラインに立っている」と肯定的に捉えています。また、認知されたいじめのうち83.2%は年度末時点で解消したと報告されています。

2)いじめの定義

 昭和61年(1986年)に「いじめ」の定義は作られ、文科省による調査が始まりましたが、その後平成6年(1994年)、平成18年(2006年)と少しずつ変わって、平成25年(2013年)にいじめ防止対策推進法が施行され、いじめの定義が法律に書き込まれました。いじめ防止対策推進法の第2条では、いじめを次のように定義しています。

「いじめ」とは、「児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と定義されます。なお、いじめが起こった場所は、学校の内外を問いません。

2.いじめの構造とプロセス

 いじめの仕組みを説明する代表的な理論として、社会学者である森田洋司が提唱した「いじめの4層構造」モデルがあります。いじめは、「いじめっ子(加害者)」「いじめられっ子(被害者)」に加え、その周囲にいて面白がっている「観衆」や、見て見ないふりをしている「傍観者」の4層構造を持ち、観衆や傍観者のとる行動がいじめに大きな影響を与えます。

(森田洋司 著. いじめとは何か : 教室の問題、社会の問題, 中央公論新社, 2010.

精神科医の中井久夫は、いじめが進行していくプロセスを「孤立化・無力化・透明化」の三段階で捉えました。はじめの段階は、いじめの被害者はいじめられても仕方がない人間だと周囲に印象操作をされて「孤立化」させられます。次の段階では、被害者へのいじめをさらにエスカレートさせることで、加害への抵抗や助けを求める意思を「無力化」させます。最終段階では、いじめは日常的になり、周囲からも風景の一部として受け止められるようになることで、「透明化」されて見えないものになります。こうなると、いじめ被害者は加害者との関係だけが唯一の対人関係のように思えてきます。

 (中井久夫 著. いじめのある世界に生きる君たちへ : いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉, 中央公論新社, 2016.

「透明化」の段階について、児童精神科医の田中康雄は、透明化をより進めていくことを回避するためにその場から撤退するか、不登校や引きこもりに向かうか、自殺することで透明化から脱却を図ろうとするかという選択を孤立無援のなか自己決定をしていくこともあるだろうと述べ、透明化の前に、早めにその場から撤退するか、あるいは孤立無援でない誰かと出会ったり、誰かと相談する場を作り出すことが重要ではないかと言っています。

(近藤直司編.心の医学入門、田中康雄:包括的な不適切な関わり)

このように、いじめは、閉ざされた二者関係の中で進行するものではありません。周囲のサポートは、いじめられる子ども、いじめる子ども、周りにいる子ども、それぞれに大切です。支えてくれる人たちがどれだけ多くいるかが、生きる力につながると考えています。

3.いじめの種類

 いじめの具体的な様態は、以下のようなものがあります。

・冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、いやなことを言われる(脅迫、名誉毀損、侮辱)

・仲間はずれ、集団により無視される

・軽くぶつかられた、遊ぶふりをして叩かれた、蹴られたりする

・ひどくぶつかられたり、叩かれたり、蹴られたりする

・金品をたかられる

・金品を隠されたり、盗まれたり、壊されたり、捨てられたりする

・いやなことや恥ずかしいこと、危険なことをさせられたりする

・パソコンや携帯電話で、誹謗・中傷やいやなことをされる等

(文部科学省「いじめの防止等のための基本的な方針」2013決定,2017改訂)

また、いじめの中には、児童生徒の生命、身体又は財産に重大な被害が生じるなど早期に警察に相談・通報することが必要なものが含まれます。これらについては、教育的な配慮や被害者の意向を尊重したうえで早期に警察と連携した対応をとる必要が考えられます。 

(文部科学省「いじめ問題への的確な対応に向けた警察との連携について(通知)」平成31329日)

いじめの様態は、心理的いじめ、身体的いじめ、経済的いじめ、混合いじめ、ネットいじめなどの形があり、その段階も早期警察連携が必要なものまで多様なため、いじめ被害者への心理的、身体的、物質的影響も複雑で、その対応も個別性の高いものとなります。

4.いじめ被害児へのケアとポイント

 いじめ被害の子どもへのケアは、以下の4段階に集約されます。

①被害児を早期に発見

②再発防止のための措置を講じて被害児を保護

③必要な治療的介入

④いじめの再発予防に努める

(八木淳子:いじめ被害を受けた児童思春期の子どもへのケア.精神医学63:229-227,2021

1)医療機関でのいじめ早期発見

 まず、医療機関においていじめ被害児を早期に発見するためには、「いじめ」の存在を頭に置いた診療が重要になります。子どもはいじめ被害を主訴に来院することはめったになく、いじめられていることを隠そうとする子もいます。診療の際には、不定愁訴などの心身症状や、学校を休みがちになるなどの普段と異なる行動の背景にいじめがないか、すべての子どもに確認します。「学校で嫌なことはないか?」「友達と喧嘩したことはないか?」といった質問を、信頼関係に配慮しながら少しずつ重ねていきます。症例によっては、いじめがないか最後にはっきりと尋ねる場合もあります。

 また、「学校における性同一障害に係る対応に関する状況調査」(2014)では、性的マイノリティは20人に1人、であり、LGBT当事者の約70%にいじめ被害体験があるとの報告もあるので、この点に対しても注意が必要です。それから、神経発達症の子どもの中には、衝動性が強かったり、空気を読むことが苦手だったり、比喩や皮肉の理解が難しかったり、集団に溶け込みづらいなどの特性のため、意識しないうちに「いじめられる側」にも「いじめる側」にもなる頻度が高いことが考えられるため、注意することは重要になります。

2)再発防止の措置と被害児保護

いじめの存在が明らかになり、現在も継続している場合は、いじめから被害児を保護することが最優先となります。その際、被害児と家族の同意を得て、意向を尊重しながら協力して進めていくことが大切です。保護者から学校への連絡が難しい場合や、緊急度の高い場合は、保護者と学校の間に入り、被害児の状態の説明と、いじめに対する学校からの聞き取りを行います。医療機関では、症例の深刻度により、診断書を発行し、学校や教育委員会と対応を協議したうえで、被害者の安全確保のために加害者に対して登校免除もしくは登校停止を行う場合もあります。

3)治療介入

 いじめへの治療介入は、いじめ被害者が受ける心身への影響を理解したうえで、トラウマに配慮したトラウマインフォームドケアをベースとして、他機関と連携を取り進めていきます。専門的なトラウマ治療が必要とされる場合は、トラウマフォーカスド認知行動療法などのトラウマに特化した治療を実施する医療機関を紹介します。

 また、治療介入の際には移行期に配慮した支援が必要になります。小児から成人を対象とする医療に切り替わる過程で、いじめの被害児支援が途切れないようにすることが大切です。これは、いじめ被害のトラウマの難治化や、いじめから不登校・ひきこもりへの進展に対して、重要な治療的効果を持ちます。

4)いじめの再発予防

「いじめ」と診断すれば、教育的対応と医学的対応を、いじめる側と、いじめられる側と、いじめの起きた学級などの教育現場に対して、いじめの4層構造を念頭に置いた対応や治療を行っていくことになりますが、いじめの再発予防に対しても同様に4層構造モデルを意識したアプローチが求められます。

最近では、「みんな違っていていい」という多様性を認めようという潮流になってきましたが、社会性の未熟な成長段階の子どもたちの集団である学校教育現場では、価値観や態度が少しでも異なる児童生徒を標的にし、「いじめ」という同じ行動をとることで集団の結束を強くし、そこからいじめがエスカレートして、さらに結束を強固にしていくと考えられます。したがって、いじめを減らすためには、お互いが異なる存在であるという多様性を認め、個々を尊重する社会になれば、いじめは少なくなると思います。

5.おわりに

 筆者は、子どもの意見をアドボケイトすることも小児科医の使命と考えてきました。しかし、小児科医ひとりでできることには限界があるため、医師会をはじめ、行政からの要請はできるかぎり受け、子どもたちやその家族の意見を代弁する機会を得るために社会参加を行なってきました。「いじめ」への対応も同様に、子どもたちを支える地域の諸機関との連携が必要になります。

 何か困った時には、まずは、学校に積極的に相談してみてください。それでも、うまく連携がとれなかったら、「かかりつけ医」の先生に相談し、学校現場と連携を取ってもらってください。「かかりつけ医」の先生と学校の連携でお困りになったときは、「日本小児心身医学会会員」の先生や「子どもの心の専門医」(子どもの心専門医機構)や「子どもの心相談医」(日本小児科医会)の先生をご紹介してもらってください。

 みんなで、かけがえのない子どもたちを「いじめ」から守りましょう。

文科省の「24時間子どもSOSダイヤル」や法務省が設置する「インターネット人権相談窓口SDS-eメール」「子ども人権110番」もあります。困ったら迷わずにどこでも連絡を取って、子どものいのちを守りましょう。

 (医療法人石谷小児科医院 石谷 暢男)

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