摂食障害(神経性やせ症)

1.概要・定義   

 American Psychiatric AssociationによるDSM-5の「食行動障害および摂食障害群」に分類される神経性やせ症(anorexia nervosaAN)は、体重・体型に対する歪んだ認知を持ち、食物・食事への病的な没頭が見られます。最も一般的なのは、食物摂取を制限する摂食制限型(restricting typeAN-R)です。また、自己誘発性嘔吐や緩下剤、利尿薬、浣腸の乱用を反復する過食・排出型(binge-purge typeAN-BP)も存在します。ANは体重減少により生命の危機に直面するため、身体的な管理が必要です。好発年齢は1418歳で、思春期女性の0.51.0%に発症し、圧倒的に女性に発症しやすい状況ですが、小児では男児例もしばしば経験します。特に前思春期の場合、神経発達症の併存に注意が必要です。

2.症状

① 身体面

 体重減少により様々な症状が現れます。これには、筋肉減少、産毛の増生、無月経や初潮の遅れ、下肢の浮腫などが含まれます。また、バイタルサインに低体温、低血圧、徐脈が見られることが特徴的です。体重減少の原因となる疾患の鑑別が重要であり、成長曲線を用いて身長・体重の変化を視覚的に表すことが有効です。脳腫瘍、内分泌疾患、消化器疾患、マルトリートメントなどを鑑別する必要があります。

② 心理面

 ボディイメージの障害と病識の欠如があり、患者は自身のやせている状態を認識できないことがあります。心配する家族に対して攻撃的な態度を取ることや、見捨てられる不安、孤独感から生じる強迫感、焦燥、自己嫌悪などの感情が表れることがあります。

③ 行動面

 患者は食べたい衝動を必死に抑え、自分自身は食べないものの、家族の食事に干渉し、食事の強要を行うことがあります。また、料理本や料理番組に対する強い関心を示すことがあります。過食・排出型(AN-BP)では、隠れて食べる行動、盗み食い、過食後の自己誘発嘔吐、下剤の乱用が認められることがあります。

3.診断法

 一般的に、神経性やせ症の診断はAmerican Psychiatric Associationが発行するDSM-5に基づいて行います。神経性やせ症は、頑固な体重減少を伴い、体重や体型に対する歪んだ認識(やせ願望や肥満恐怖)や食行動への病的な没頭(食物の回避や過度な運動など)が3か月以上続いている場合に診断基準を満たします。摂食行動の評価には、日本で標準化されている子ども版のEAT-26質問紙が有用です。この質問紙を使用することで、患者の摂食行動に関する具体的な情報を把握することができます。

4.治療・対策

 初期の治療目標は、誤った食行動の見直し(疾病教育)と栄養障害の改善(栄養教育)です。原則として、慢性脱水状態にある患者に対して外来での急速輸液は行いません。これは、急速輸液が浮腫を増悪させ、うっ血性心不全のリスクを高める可能性があるためです。標準体重の65%〜70%以上を維持できる場合は、一般的に外来治療が可能ですが、患者の状況や主治医の判断により異なります。急激な体重減少(1週間で-1kg以上)がある場合や過度の活動が見られる場合は、運動制限が必要です。初期段階で入院適応基準を明確に伝えることが後の治療過程で重要となります(身体限界の提示)。外来治療中に入院適応基準(例:標準体重の65%未満に体重が減少した場合)に達した際は、「生命が危険な状態にあること」と「心身の健康を取り戻すための支援を行いたいこと」を患者に伝え、入院治療に切り替えます。再栄養後の最初の1週間は、体重増加に対する不安が強いため、「この量を完食しても体重が増えることはない」という保証を繰り返し伝えることが重要です。身体的に安定した後は、子どもの性格や発達、環境などの状況に応じて心理療法を検討します。支持的精神療法を中心に、家族療法(Family Based Treatment)、認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy)、箱庭療法、遊戯療法、芸術療法などを、心理士と相談しながら、各施設の医療資源を考慮して進めていきます。

5.合併症・併存症

 再栄養中に最も注意を要するのが再栄養症候群です。栄養負荷に伴い、うっ血性心不全、不整脈、急性呼吸不全、乳酸アシドーシス、白血球機能低下、昏睡、けいれん、横紋筋融解、突然死などの重篤な症状を呈する可能性がある概念です。この症候群は、経口、経管、経静脈のいずれの栄養法を使用しても発生する可能性があります。栄養開始時の量は報告によって幅がありますが、痩せの程度が強い場合は、1日あたり2030 kcal/kg(または600800 kcal/日)から始め、その後、摂取状況を見ながら23日ごとに1日量を100200 kcalずつ増やしていきます。全身状態が安定するまでは心拍や血圧などのバイタルサインを管理しながら、ビタミンB1を再栄養開始前から補充し、血清カリウム、リン、マグネシウム値を細かく確認し、適宜補正を行います(特にリン濃度は2mg/dl以上を保つことが望ましい)。晩期合併症には、低身長、骨密度の低下(骨粗鬆症)、妊孕性の低下があります。急性期治療後も長期的な経過観察が必要です。

 


(福島県立医科大学医学部小児科学講座 鈴木 雄一)

 

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