知的発達症

1,  概要・定義
これまでは「精神遅滞」、「知的障害」という名称が広く使われていましたが、本文ではDSM-5に基づいて、「知的発達症」という言葉を使います。
DSM-5での知的発達症の診断基準は、表1のようになっています。(表1
知的発達症の重症度は4段階にわかれ、以前はIQ値によって分類されていましたが(軽度5070,中等度 3550,重度 2030, 最重度 20以下)、現在では診断基準の、概念的領域、社会的領域、実用的領域による適応機能とあわせて、より総合的に判断されています(表2。   

 

2.  症状
新生児期から症状に気づかれることは少なく、乳児期では運動発達の遅れや周囲への反応の乏しさ、体重増加不良などで気づかれることがあります。幼児期には発語や言語理解の乏しさ、構音障害など、言語発達の遅れがもっとも多くみられ、学童期では学習の遅れや集団へのなじみにくさがみられます。これらは乳幼児健診で指摘されることもありますし、軽度の知的発達症では学童期やそれ以降でも気づかれず、不登校や気分障害などの二次障害をきたしてから診断に至るケースもあります。

 

3.  診断法
知的発達症の原因としては、① 遺伝子疾患やDown症候群などの染色体異常症、脳形成不全など先天性のもの、② 胎盤機能不全や早産、新生児仮死などの周産期に伴うもの、③ 出生後の脳炎・脳症や頭部外傷、てんかんなど後天性のものに大別されますが、原因が分からないことも多いです。
   知的能力や適応機能の評価をする場合には知能検査を行います。代表的なものはWISCで、知能指数(IQ)を算出します。対象年齢が616歳ですので、低年齢や重度の知的発達症では発達検査を用いることもあります。発達検査で代表的なものは新版K式発達検査があり、発達年齢(DA;どれくらいの年齢相当の発達であるか)や発達指数(DQ;生活年齢に対しどのくらいの発達レベルか)を算出します。その他、社会生活能力を把握するような適応能力検査などもあります。

 

4.  治療・対策
一般的に殆どの知的発達症に根本治療はありません。そのため、手立ての目標としては適応機能の向上と、二次障害の予防です。
早期発見・早期介入は重要で、子どもへの理解がすすむことにより、子どもの情緒の安定や自己肯定感を育み、その後の適応機能に大きく影響します。
幼児期には言語発達促進、運動機能の向上、日常生活動作の獲得などを目的に、リハビリテーションや療育を行うことがあります。学童期では、通常学級以外に、通級指導教室、特別支援学級、特別支援学校などがあり、個々の能力や特性に応じた配慮や選択が可能です。また、学外では、放課後等デイサービスといった福祉サービスも、自立支援や学習支援などに利用可能です。
学校を卒業した後は社会福祉施設への入所や、就労移行支援事業、就労継続支援A型・B型、生活介護事業などの通所施設の利用、障がい者雇用枠での就職、職業能力開発校などへの進学など、こちらも個々の能力や本人の希望によって選択は様々です。
経済的な支援としては、20歳未満では特別児童扶養手当、20歳以上では障害基礎年金などの制度がありますが、各々に適用条件があります。療育手帳の交付があれば、各種手当の支給、税金控除、公共料金の割引などが受けられます。また、自立支援医療(精神通院医療)では、病院または診療所での通院医療に対して医療費が軽減されます。

 

5.  合併症・依存症
知的発達症の1030%にてんかんの合併があります。知的能力が重度になるほど合併率は上がります。注意欠如多動症や、自閉スペクトラム症など神経発達症の合併もよくみられます。
また、重症度に関わらず、二次障害の予防は重要です。二次障害とは、適切な対応がなされなかった結果、起こってしまう適応障害です。周囲の無理解、叱責、拒否、否定、いじめやからかい、度重なる失敗体験によって、自己否定や無力感、不登校、対人不信、非行など様々な状態が出現します。うつ病や不安症など精神疾患の合併も多いです。知的発達症と診断のつかない境界域知能の子どもでも適切な支援が受けられず二次障害をきたす場合は多くあり、子どもの困り感に応じた支援がなされることが望ましいです。
最近ではネットの普及により、熟慮できず危険な誘いに乗ってしまった結果、犯罪への加担や性的被害を受ける、などがあり、周囲の見守りやリスク教育も非常に重要なものとなってきています。

 

彼らの集団生活の中での感覚はどのようなものなのか、軽度知的発達症の当事者さんからのお手紙を、同意を得まして一部掲載します。

『学校では分からなくても聞けなかった。同級生は自分とはレベルが違う人たちと感じ、自分のペースに合わせてもらうことは難しく、意見を挟むこともできなかった。自分の周りの人が不自由なくできることに対してできない、困っていることが恥ずかしかった。
私が理解する前に進んでいく授業や周りのスピード感についていけなかった。暗黙の了解などの見えないルールや私が分からないクラスでの流行りの言葉などは恐かった。………どんな居場所(学校で支援が必要かなど)が私にとっていいのか親は悩んでいましたが、私は配慮のある環境ですごく成長できていると実感する瞬間もあり、今では(しんどかった)過去も意味のないものだとは思わなくなりました』

この方は学校に行けない時期もありましたが、就労支援を受けながら頑張っておられます。このように周囲の理解や支援が、彼らが社会の中で生きていくためにはとても重要です。

(北摂病院小児科 水谷 翠)

〒606-8305 京都市左京区吉田河原町14
近畿地方発明センタービル
知人社内 日本小児心身医学会事務局
TEL:075-771-1373 FAX:075-771-1510